謝罪会見

今日は闇営業問題で宮迫博之さんと田村亮さんの開いた謝罪会見に関して個人的な意見を書かせてもらっています。

はじめに言うと、自分としては今回、闇営業問題に関係した芸人さんたちに関しては、できることなら反省してしかる後に芸人に戻ってこられることを願っています。

そして、今回の宮迫さん、田村亮さんの会見を拝見して、お二人の切迫した状況は、やむを得ないという部分も見えてきました。
吉本興業側に止められていたとするなら、仕方ない部分もあるのではないかと思います。
ただ、全体を通して思ったことは『謝罪するべきところはそこなのか?』ということだと思いました。

会見の内容を見ると、もっとも謝罪したかったところは、嘘をついて保身に走ってすみませんでしたというものだと、私自身は受け止めました。
世間の方でも多くの人が、嘘をつきごまかそうとしたことを怒っている人たちも多いのではないかと思います。
騒ぎが大きくなったのもそこら辺が原動力のようにも思います。
だから、追撃報道も宮迫さんの半グレ集団との深い関係を想像させるような内容で、やっぱり嘘をついていますよというようなものになったのだと思います。
だから、もしかしたら多くの人がこれで正直に話したと判断して、納得したのかもしれません。
私もお二人の言葉は少なくともお二人の主観からの事実としては正直に述べられているものだと思います。
もちろん、謝罪する相手の気持ちを逆なでするようなことがないように、必要のない考えなどは言わないというようなことはしているとは思いますが。

ただ、私が大きく首をかしげたのは謝罪するのはそこなのかということです。
もちろん、事実究明に関して真実を語ることは不可欠なことだと思いますが、闇営業がよくないのは反社会的な人たちにそれでいい、あるいはそれが賢いやり方だと思わせることだと思います。
また、そういう人たちに騙され、被害に遭われた方たちが、そういうお金でバカ騒ぎしている姿を見た時にどんなに悲しむかということだと思います。
また、未だ被害に遭ってはいなくても、これから遭うかもしれない我々もそういう理不尽を防ぐ手立てをしなくてはならず、それが反社会的な行為をしている人たちは社会から外し、社会的な生活を送るよう仕向けることだと思います。

会見では最初と最後に、通り一遍の謝罪は口にしていたお二人でしたが、『とんでもないこと』『たいへんなこと』といった抽象的な言葉しか使われませんでした。
自分たちの経緯に関してはあれほど事細かに説明しながら、一番考え反省すべきところでは『申し訳ありませんでした』と謝る言葉のみ。
しかも、会見の内容を聞けば聞くほど、『みなさんが怒っていらっしゃる、だから私たちは反省しなければいけないんだと反省し、謝罪します』というようなことが聞いて取れるのです。

例えば、吉本興業側から『静観』とされた時も、それで納得していた。
騒ぎが大きくなって、事の重大さに気づいて、会見を開きたいと思った。
これは反省しているようにも見えますが、このままでは自分の芸人としての人生が悪く、あるいは終わってしまうという恐怖から思っただけで、これこそが保身であり、反省ではないと思います。
謝罪にしても、厳しい目で見れば芸人として引退することは避けたい、なんとか芸人を続けたいという思いからその可能性を広げる手段として謝罪しなければいけないと思ったに過ぎないように思えます。

そうでなければ、謝罪の第一人は関係者や世間の皆さんではなく、被害に遭われた方々であるべきだと思います。
そして、自分たちは自分たちがなぜ糾弾されたのか、どうするべきなのかを言葉にして具体的に表して、しかる後に謝罪の言葉を口にするべきなのだと思います。
もらった金は寄付したからその件は片付いていると思っているのであれば、やはり、反省しているとは思えません。

芸人人生の危機を迎えた宮迫さん、田村亮さんのお二方は、芸人人生がこれで終わってしまったらどうしてよいかと不安にさいなまれていると思います。
けれど、振り込め詐欺の被害に遭われた多くの方も、老後の生活資金をだまし取られてどうしていいかと途方にくれたのだと思います。
だからこそ、共感できる立場に置かれた今こそ、被害者の方たちの身になって反省し、出直していただきたと思います。
そうでなければ、同じような状況に陥ることはこれからも出てきてしまうのではないかと思います。

失敗してほしくないから、反社会的組織には近づかないとか、闇営業はしないなどという方法論の反省ではなく、ぜひとも何が誤っているのかという根本的な反省をしていただけたら、うれしいです。
その後、戻ってきてくれたら、心から応援したいと思っています。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント