いいのか、よくないのか

なんだか、一昨昨日の記事の流れで書こうと思ったものの、冷静になって考えると、「読んでいて面白いものではないか?」とか、「面倒くさいだけか?」と思い直してみたものの、他にとりあえず浮かばないので書くことにしました。

予告しちゃったしね。

ここまでだと、「いいから、早く本題話せや!」ってことになるので、概要をいうと、今回は以前に読んだ記事で「そうかなぁ」と気になった記事でいまだにその記事に反駁したい思いがあるので書こう思ったわけです。

ただ、この手の話になる至極つまらなく、理屈っぽくなるのが難点なので、皆さんに読んでいただく価値があるかと言うとない。

ですから、表面的な結論だけを書いて、途中の云々は追記にしますので、読みたい人だけどうぞ。

まず、対象となる記事なのですが、その方に喧嘩を売りたいわけではないので記事の著者自体は伏せます。

記事についても正確性の問題もあるのですが、ここでは手前の解釈で概要と抜粋のみで話をさせていただきます。

記事の内容は概ね、日本人として心構えを持って、持つべきときには緊張感を持って行動するべきではないかといった内容。

その例として、以前に外国人の方々に、

>「日本のサラリーマンって、電車の中でマンガを読んでいるけど、あれって恥ずかしいと思ってないの?」

と聞かれ、その人たちの考え方として、

>『マンガというのは、こそっと、息抜きのために読むものだ』

ということだそうだ。

その著者はこのことに限らず、公共の場で緊張感を持たない行為が多々あり、それが心の緩みを招き、ひいては怠惰になり他力本願な思考になってしまうのではないか、だから危機的状況はもちろん様々は状況において自分のことは自分で守るという意識を持つべきではないかということを私の解釈では書いていらっしゃるようでした。

その訴え自体は置いておいて、自分には例として挙げられたこの認識自体に違和感を覚えました。

結論から言うと、マンガに対する認識は人それぞれで構わないのだけれど、その多岐にわたるであろう認識を基盤として他者に認識の追従を促すような言動は、おせっかいと言う度を越して独善的ではないかと思うわけです。

もっとも、この方はそれが当時外国の方から言われると反論できなかったが、今では反例をいくつかあげられるとも書いています。

また、このことを言った海外の方は日本人のこのことに関する認識を聞き出すために論戦を仕掛けて来たに過ぎないのかもしれません。しかも、最近はそういうことは聞かれないとも書いています。

誰が悪いと言うこともなく、ただ、その場にいたら言いたいことはたくさんあったなと思うわけです。
もちろん、前述にしたように日本人の努力の結果か、海外の方の日本文化の理解の賜物かそういう質問をされることはなくなったとのことですが、緩みの例として挙げられるのであれば反論したいのも事実です。

で、追記では細かく、そこらへんを書いてみたいかと思います。

ここまで読んでもらえばわかるように、「別にどうでもいいのではないか」と言ってしまえばそういう内容なので、皆さんに読んでいただくには値しないと思います。

義理など気にせずに、無視してください。

では、興味のある方だけどうぞ。

まず、根底には既によく言われていることですが、海外のマンガと言われるものは幼稚で、低年齢の子供が読むものという認識があります。
近年はその(アニメなども含む広義の)マンガについての認識が海外では大きく変わっている。
もちろん、未だに変わらずに幼稚なものとして認識している海外の人、いえ日本人の方でも厳然といらっしゃるとは思います。
しかし、以前に比べれば大分正当に評価される傾向にあるのではないでしょうか。
ただ、営利目的でもあるため読者や視聴者の求めるものに迎合した低俗と呼ばれるような部分を含むのは確かだと思います。
しかし、逆に昨今では日本と言えば「スシ・テンプラ・フジヤマ・ゲイシャ」などという個々の代表例よりも「manga・anime」が日本文化の独特な一部として注目されているように思います。
これが「ここ数年は聞かれない」理由だと思います。

では、内容的な部分を掘り下げてきたいと思います。

まず、発言の内容としてマンガは公共の場で読むべきものではないのかという疑問はあります。
ここには二通りの解釈ができると思うのですが、電車内で何かを読む行為そのものがいけないのか、マンガのみを指して不適切と言っているのかという解釈ですが、それは抜粋の二つ目で解消されています。
「マンガとは、こそっと息抜きのために読むものだ」
つまり、マンガのみを指しているようです。
すると、本や新聞、雑誌の類はこの例に入らないことになる。
新聞は情報のみを伝えているのでマンガとは一線を画すとして、では、雑誌や本はどうだろうか?
こうなってくると範囲が広くなってくる。
前提としてマンガに限らず、本や雑誌の中でも豊かな知識を得られるものや真摯に編集されたものがあることはわかっていますが、例えば本の中で小説と解説書は紙に活字が印刷されていて、主として文字によって情報を伝達、保存すると言うことが同じなだけで、どちらかといえば小説はストーリーがあり、物語を楽しんでもらうという意味合い的にはマンガの方が近いのではないか。

では、小説はよくて、マンガがダメな理由とはなんだろうか?
真っ先に出てくるのは幼稚か幼稚でないかということ。
しかし、小説の中にも幼稚と言ってもいいような内容のものが厳然としてある。
ただ、マンガの幼稚なものはさらにその上を言っている気もするが、これをどちらにもそういったものがあるということは同じであるために、この場合の区分けとしては適切ではないと思う。

次は教育の面から考えた、よく言われていた「想像力をはぐくむ」といった点。
これも自分としては微妙な気がする。
確かに、本は主として文字によって情報を伝えるために文字から発想し映像を頭の中で創造する。
想像力をはぐくむかもしれない。
しかし、ではマンガでは育めないのか。もちろん、文字から発想すると言う想像力では本に及ばないかもしれない。
だが、漫画家はたぶんマンガが好きで漫画家になる人が大部分だと思う。
もちろん、その中には本も好きな人がいるだろうし、資料として本をたくさん読む人もいるだろう。
しかし、後者はマンガを描くのが仕事になってからという人が多いのではないだろうか。
漫画家はまず、絵を描けなければいけない。
そうなってくると、本で想像力を育まなくても人を魅了するような発想はできるということになる。
限られた才能と言うかもしれないが、「ドラゴンボール」や「ワンピース」のようなメガヒットとはいかなくても面白いマンガはたくさんある。
稀な才能ではない。
読者にしても、ゼロからの発想力としてはどうかは未知数だが、例えばコスプレのように工夫して2次元の衣装をスタイルも違う3次元の自分に作り出して着せると言うのは想像力とはいわないだろうか?
今はある程度、店で購入できるが本域の人たちはそんなものではないと思う。
コスプレは一例にすぎないが、2次著作ともいえるほどのものを個人的にやっている人たちもいる。
やはり、自分としてはこれも一線を画すものではない気がする。

小説とマンガの違いを他にもいろいろと考えてみたものの、この件に当てはまるような相違点は見つからなかった。
ただ、自分が考えつけてないと言うことも当然ある。
それが見つかれば、この意見は変わってくるかもしれないが現時点では「なぜ、マンガのみを対象としなければいけないのか?」という疑問には答えられていない。
なので、マンガだけを電車の中で読まないべきということも、そのことだけが緩みにつながるという意見も証明ができていない気がしてならない。
言うのであれば、「電車の中で書物を読んでいるのはみっともないからやめた方がいい。」でなければすくなくとも納得がいかない。
また、そういう気のゆるみが問題なのであれば、そのほとんどが酒の強く、悪酔いしないと言われるGGタイプのアセトアルデヒド脱水素酵素を持つ欧米人ならいざ知らず、半数近くもAGまたはAAタイプのいる日本人は酒の上での失態もたくさんあるため、極論すれば公共の場で醜態や緩みを出さないために自宅以外で飲酒を禁止するべきなのではないかと思うわけです。(ちなみに、アセトアルデヒド脱水素酵素についてはこちら

でも、強いて言うならマンガを読んで声を出して笑ったりするのは迷惑になりかねないので慎むべきといったところでしょうか?(そんな人はあまりいないと思いますが)
それぞれない時間を有意義に使おうとしていることに、序列をつけてあれはいい、これはダメと言うのは価値観の押し付けでしかないと思う。
まして、それと気の緩みとは直接的な因果関係はないと思う。

ただ、自分も電車の中でマンガを見ている人を見たなら直感的に悪感情を抱いてしまうかもしれない気はする。
しかし、今回考えてみてそれが小説とマンガで違いを設けるのは自分の中の直感が間違っているのであって、意識を変えるべきなのは自分なんだと思う。

小説だってそうだけれど、マンガだって作者やアシスタントが苦しみながら生み出したものなはず。
アニメーションだって、聞くところによると「好きでなければできない仕事」だそうだ。
本当にキツイという話も聞いたりする。実際のところはわからないけれど。
そういうものを直感や印象だけで排除するのは、時間がなく止むを得ない場合は仕方ないにしても思慮深く考える余裕があるのならなるべくなくしたいものだと思う。
音楽やゲームに関しては、音もれは迷惑と思う人がいるだろうし、イヤホンやヘッドホンでの音の遮断は危機予測の観点から望ましくはないと思うので、そのことを自己責任として責任が取れないのであれば慎むべきだとは思う。

結局は、公共の場での行動で最も大切なのは他者に対して迷惑をかけているか、いないかであって、他者の印象については見た人が生理機能に悪影響を及ぼさない範囲であれば迷惑をかけているとは言えないと思うので、それを理由に排斥するのは正しくはないと思う。
多様な価値観を容認し、それが生み出す多岐にわたる生産性や価値を利用していこうと言うのであればなおさらである。
「ナンバーワンよりオンリーワン」それを謳うなら、他者がオンリーワンとなる個性を認めるべきだと思う。

ただ今回、自分は良かったなと思うのは、こういうことを考えるきっかけをこの記事が作ってくれたことだ。
直感は咄嗟の時や、騙されそうになるなどの危険予知に役立つ能力ではあるがそれだけに理性的ではない。
それを絶対的に信じることは不平等や迫害を生む温床ともなりえると思う。
自分の行為に責任を持つという意味でもできうる限り理性的な思考によって行動していくべきなのだと言うことを今回痛感した。

自分は正直な話、マンガから得た知識も多いし、その中で描かれている心情的なものによって、「こういう考え方をする人がいるのか」とか「この考え方はこういう風にまちがっているのではないか」と考えることが自分に取っては精神成長の一助となったと思っています。
もちろん、本や雑誌、TVなど吸収しようと思えば何からだって吸収できる。
それは必ずしも、書いてあること見ていることを鵜呑みにすることとは違って、違うなという意見もそのマンガや本があればこそ。

考えを説明するために一例として挙げたことに、こんな形でこの電脳高架橋と言う「野良犬」が噛み付いてしまったことは申し訳ありませんでしたが、熱い記事を書いているこの著者の方に聞いてもらいたかったというのが今回の本音だったかもしれません。
意見は人それぞれ、違っていいでしょうから。

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コメント

No title

電脳高架橋さんへ

こんにちは(^^)

電車の中で漫画・・・
スーツ姿のサラリーマンが、ヤンマガとか少年ジャンプなどを
読んでる姿を見かけることは多々あります。
私もちょっと嫌な印象を受けてしまうんですよね。
多分、スーツの大人の男性が、漫画(しかもデカいサイズだから余計目立つ)を読む姿が似合わないと思うからでしょうか。。
私服だったら違和感ないだろうとか。
茶髪のチャラいサラリーマンが読んでたら最悪な印象で
キリリとしたお洒落でカッコいいサラリーマンが読んでたら
それはそれで魅力的に見えたりして?とか(笑)

うちの主人は漫画が大好きで、PCで毎日のように見ています。
電車の中で読む漫画本は(滅多に読むことはないようですが)
カバーをかけたもののようで^^;
一応、恥ずかしい気持ちがあるように思われます(笑)

それとは反対に、私は大人になってから漫画を読まなくなったので
最近の漫画の良さも悪さもわかりません。
漫画は漫画なりの、何か特別な魅力があるようですね。

漫画を読む人からは悪い印象を受けないかもしれませんが
漫画を読まない人からは印象が悪いのかもしれません。
漫画の良さを知らないだけに^^;

No title

 そうですね、電車の中で読んで恥ずかしいのはエロ本ですね。

 普通の漫画はいいと思います。趣味ですもの、電車の中で読むのが小節であろうと、漫画であろうと、趣味の問題。

 エロは小説ならカバーでもかけてしまえば分りませんが、漫画だとすぐに判ってしまうので、やめた方がいいかなと。

漫画

こんばんは。

アタシは全く漫画を読みません。アニメも見ません。
でも、別に、電車で誰かが読んでいても何も思いません。
なぜ「電車で漫画」に悪感情を抱くのかわかりません。
人それぞれ、趣味が違うんだから、人に迷惑をかけなければいいんじゃないでしょうか?
「マンガとは、こそっと息抜きのために読むものだ」
うん、そう思えばその人がそうすればいいだけです。
思うのは人それぞれだし、意見がそれぞれでいいけれど、人に強制はできないと思います、アタシはね。

さらに言えば、「低年齢の子供が読む幼稚なもの」という表現に違和感を感じます。
低年齢の子供の感性は、大人が忘れてしまいがちな、多くの豊かなものを含んでいると思うのです。
絵本は、、、深いです。
悪書と良書の違いは、誰が決めるのでしょうか?
時代とともに、変わっていく気がしますが。

と、まったく漫画を読まないアタシが言っても全く説得力がないと思います・・ま、一般論として・・・ということで・・・
意見がいろいろというのも個性です。みんな違うのですね~

Re: No title

yukoさんへ

> こんにちは(^^)

こんにちは!

> 電車の中で漫画・・・
> スーツ姿のサラリーマンが、ヤンマガとか少年ジャンプなどを
> 読んでる姿を見かけることは多々あります。
> 私もちょっと嫌な印象を受けてしまうんですよね。
> 多分、スーツの大人の男性が、漫画(しかもデカいサイズだから余計目立つ)を読む姿が似合わないと思うからでしょうか。。
> 私服だったら違和感ないだろうとか。
> 茶髪のチャラいサラリーマンが読んでたら最悪な印象で
> キリリとしたお洒落でカッコいいサラリーマンが読んでたら
> それはそれで魅力的に見えたりして?とか(笑)

そうですね、そういうところはありますね。
確かに、スーツと言うと正装ではあるので、娯楽の意味合いが強いマンガとの相性はよくないですね。
それで自分でも良くない印象を持つのかもしれませんね。

> うちの主人は漫画が大好きで、PCで毎日のように見ています。
> 電車の中で読む漫画本は(滅多に読むことはないようですが)
> カバーをかけたもののようで^^;
> 一応、恥ずかしい気持ちがあるように思われます(笑)

ご主人は同志なのですね。^^v
そういえば、自分でもマンガに限らず外で読む本は基本的にカバーをかけますね。
本自体のダメージは自分は特に気にしない方なので、読んでいる本を知られることによって自分の嗜好や性格などが垣間見られるのが恥ずかしいのかもしれません。
でも、変に他の人が読んでる本がわかってしまうと気になったりもするし、マンガとわかることで悪印象をもってしまうこともあるようですから、できるならカバーをかける方がマナーとしてはいいのかもしれませんね。
まあ、少年ジャンプやヤンマガにカバーかけるわけにも行かないでしょうが。

> それとは反対に、私は大人になってから漫画を読まなくなったので
> 最近の漫画の良さも悪さもわかりません。
> 漫画は漫画なりの、何か特別な魅力があるようですね。

その魅力にどっぷりはまっちゃってますね。でも、人それぞれですよね。

> 漫画を読む人からは悪い印象を受けないかもしれませんが
> 漫画を読まない人からは印象が悪いのかもしれません。
> 漫画の良さを知らないだけに^^;

悪さもあるので知らないなら知らないでもいいと思います。
ただ、自分の印象を根拠に否定されたり、価値をおとしめられるのは悲しいことですね。
でも、意見はいろいろあって当然で、その中にはそういうものも当然存在している。
だから、不当だと思ったときには「不当だと!」と意思表示をしたかったのです。
長いのに読んでいただき、またコメントまで貰ってしまってすみません。
ありがとうございます。

Re: No title

ひねくれくうみんさんへ

>  そうですね、電車の中で読んで恥ずかしいのはエロ本ですね。
>
>  普通の漫画はいいと思います。趣味ですもの、電車の中で読むのが小節であろうと、漫画であろうと、趣味の問題。
>
>  エロは小説ならカバーでもかけてしまえば分りませんが、漫画だとすぐに判ってしまうので、やめた方がいいかなと。

それは無条件に同意します。
それはダメ。マンガでもエロマンガは外ではアウトと言うことで、そこに異論はございません。
へへぇ。<(_ _)>

Re: 漫画

レインボウさんへ

> こんばんは。

こんばんは!

レインボウさんのコメントは、自分がそう思いたいという理想のコメントですね。
決して嫌味ではないですからね。全面的にレインボウさんに同意してますから。
でも正直、本文でも書いたように直感的には自分でも悪印象を持ってしまう気がします。
以前から思っていたのですが、レインボウさんは物事をありのまま受け入れられる人なのですね。
うらやましいです。
レインボウさんに意見を聞いてみたいことはたくさんありますね。
小出しにするかもしれません。
ヒマがあって興味があったら、またコメントお願いします。
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