似合う

過日、知人が仕事仲間だった女性と楽しげに会話をしていた。

その知人は小売業の販売員。

つまり、女性はそこで一緒に働いていたが、訳あってそこをやめた。

で、その日は自分もその女性もお客としてお店へ来店。

女性は既婚で旦那さんと一緒。

知人はとても明るく、気さくで、面倒見もいい。

みんなに好かれるタイプ。

ひとしきり女性と話して、女性は買い物を済ませて旦那さんと出て行った。

女性の方も気さくで、だれとでもすぐに友達になれるタイプで、サバサバした性格。

旦那さんはちょっと年の離れた年配の、しかし、歳以上に落ち着いた、物腰の柔らかい、どちらかというと聞き役に回るような優しそうな方だ。

知人とこの女性は、互いに罵り合いながらも悪意はなく笑っているような会話だ。

その知人が女性が帰った後、

「どうも、あの夫婦は夫婦って感じがしねえんだよな」

と悪気なく、素直な感想としていう。

確かに、知人と接する女性の感じをからすると、知人と同じように下ネタなんかも交えながら、時には「ばかなねえ、あんた」、「いや、おめえにいわれたくねえよ」なんて会話が飛び交う人との方がしっくりする印象は、傍から見ても否めない。

歳が離れているというのも、知人の違和感に拍車をかけているのだろう。

個人の感想を言っているだけだから、まして単なる印象を話しているだけだからまったく悪気はない。

だから、自分も「そうですね」と同意する程度でしかない。

が、頭の中では以下のようなことが渦巻いている。

(長くなるかもしれないので、追記にしました)

広い心でお付き合いください。

所詮、自分は女性の心理には疎い。

じゃあ、生物として考えると女性は相性で選ぶ場合と、無い能力を求める形で選ぶ場合があるのではないだろうか?

両方が混合する場合もあるだろうし、「好き」という気持ちのみで突っ走る人だっているだろうが、生物的な本能で言うと持っていない能力を求める形を選ぶのは普通のことだと思う。

それ自体が、尊敬できる部分だったり、「好き」という気持ちの発生要因の一つにもなりうると思う。

見た目や容姿にこだわることもその一つだ。

無論、そこに個人的な嗜好が大きく影響を与えるとは言え、見た目や容姿は生物の運動能力や健康状態を大きく反映しているから、それは子孫繁栄に直結する要因となる。

そこに本能的に惹かれるのは生物としての本能の部分が大きく関わっているのだろう。

顔なども同じ要因を含んでいるらしい。

時代や流行、価値観、個人的な嗜好を排除すると、顔は左右の対称性が高いほど美しいと感じるらしい。

実験も行われていて、一人の写真を双子の写真として一つはそのまま、もう一つは左右対称にしてどちらが美しいかという質問をしたところ、高い確率で左右対称の人が選ばれたということを番組で見たことがある。
他に、同じ環境で育った、一卵性双生児をどちらが魅力的かと判断させると、選ばれた方がより高い対称性を持った顔をしているというのも聞いたことがある。

この顔の左右対称性が高いほど遺伝子が優性であるらしい。

このように、より良い子孫を残そうとするのは種として必要な本能だろう。

同じくより良い子孫を残そうとすれば、自分達の遺伝子に受け継がれていない良い要因を持つ遺伝子との融合を望むのも当然。

すると、目の細く、一重の女性がくっきりした二重の男性を好むとしても当然だろう。

勉強の苦手な男性が、成績の良い、理知的な女性に魅かれるのもごく普通のこととなる。

そう考えると、この女性も思慮深く、落ち着いていて、感情を表に出さない男性に魅かれて結婚したのかもしれない。

とりあえず、このご夫婦は仲よさそうだし、旦那さんもやさしそうだ。

似合っていようが、似合っていまいが、想いあっていれば「お似合いの夫婦」なのだ。

なんてことを、一人で考えてしまうこの頃。

関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント