いっぱい、いっぱい。

知人が事故した。

まあ、事故相手が責任の大きな事故だといえるだろう。

しかし、知人にも悪いところがなかったわけではないらしい。

法定速度をちょちょっとオーバー。

不幸中の幸いでどちらも大きな怪我はなかったようだ。

しかし、知人の車は前がつぶれた。

外観ではぱっと見はわからない程度。

だが、軽ということもありエンジンルームとフレームがちょっとシャレになっていないらしく、見積額はちょっとしたものだ。

正直、9割以上の人は買い替えを決断するレベル。

それでも知人はちょっと悩んでいた。

自分でも買い換える方がいい、それが妥当な選択でそれしかないとは思っているのだが、3回以上の車検を経るほどの期間が愛着と言うものを生んでいたらしい。

わかっているけれど、手放したくないという気持ちがあるらしい。

事故後も知人は普通に明るく振舞っていたし、自ら冗談も飛ばしていた。

事故車に残していた私物を取りに行くのに付き合って欲しいと言ってきた時もそれほど普段と変わらない様子だった。

予定では、私物を取りに行き、その後に買い換える車を見に行く予定になっていた。

自分が夜に仕事があり、その足で知人を迎えに行ったことも承知している。

だから、「悪いな」と連発していた。

予定通り、修理工場でそのまま置かれている車を開けて、私物を取る前に知人は写真を撮りたいといった。

いろんな方向から、パチパチと『事故記念とでも言うつもりか?』と自分を辟易させるほどあらゆる角度から撮り、車内も取り、キーを差し込むと流れるメッセージまで携帯で写真を撮っていた。

しまいには、めくれて折りたたまれてしまった全部のナンバープレートを撮っていたかと思うと、折りたたまれたプレートの隙間を狙って携帯をかざしている。

「もしかして、ナンバーをキレイに取りたいの?」

と、自分が聞くと「もちろん! でも、やっぱりこの角度だと数字がよく見えないんだよね」と答える。

「リアのナンバープレートとればいいんじゃん」

当然のことを言うと、「すげぇ」とそそくさと後ろに回ってナンバーを撮りに行った。

撮影会は、またしばらく続いた。

やっと、惜しみながらも撮影会が終えると、荷物を取り出して自分の車に載せると、自然に帰される動物のように何度も振り返りながら、修理工場を出た。

「お別れだな」

と言うと、知人は声を震わせた。

「仕方がないよ、大金かけて直してもすぐに異常が出てしまうかもしれないし、スピード出したら振動して不安定になったりするかもしれないから。しようがないんだよ」

自分は慰めのつもりで言ったが、知人はそんなことはわかっていたのだということが、すぐにわかった。

「なんでもない。大丈夫。なんでもないから」

必死にぬぐっても、涙があふれてくるようだった。

「そうだね、車が悪いわけではないからね。もちろん、避けられなかったかもしれないけど、『自分がもうちょっとスピードを抑えていたら、もうちょっと早くブレーキを踏めていたら』とか考えちゃうとね。『まだ、元気に走れる車だったのに』って気持ちはわかるけどね。」

「大丈夫、大丈夫」

それしか言わない。

考えてみれば、人によっては『車ごときで何を』とは思うかもしれないが、感じ方は人それぞれ。

自分はバカにする気にはなれなかった。

物をいたわって何か悪いことでもあるのかとも思う。きっと、悔しいという思いもあるのだろう。

外観が事故前とそれほど変わらず、ともすればそのまま走れそうだから余計にそんな思いに駆られるのだろう。

しばし無言のまま走ったが、次に回る車のメーカーを聞いていなかったので、頃合を見て切り出した。

とりあえず、家に近いところでどこかあるかというので、近くにあるメーカーのディーラーに行く。

その後、ちょっと離れたところにある次のメーカーへ。

そのディーラーがある辺りは、自動車ディーラーが比較的密集しているところなので、色々見るならそこらへんでいくつか見た方が効率的だと自分は思っていた。

車の説明を受けているとき、車のシートの下に収納スペースがあることを説明された。

そのディーラーを出る際、知人が「シートの下の収納スペースから荷物を取るのを忘れた」と言ってきた。

どうやらさっきの説明で思い出したらしい。

だが、修理工場は自宅からこのディーラー地帯をさらに進みそこから回りこんだところだ。

結構、遠い。

最初に荷物を取りに行くときも、本来なら通り道であるこのディーラー地帯で車を見てから取りに行ったほうが効率的ではあったのだが、自分としては午前中の車がすいている内に行きたかったこともあったし、知人が自分の車のことを考えていて心ここにあらずな感じだったこともあって最初に行くことにした。

だが、できるなら今回は見たいディーラーがあるならそこを見てから忘れた荷物を取りに行きたかった。

そこでやんわりと、

「あと、ここらへんで見たいところはない?」

と聞いてみた。

「うーん、特には」

そう答えて、他に見たいディーラーとかも出なかったので、ディーラー周りは今日は終わりなのかと思い修理工場へ向かった。

無事、荷物を回収し、再び別れを済ませると今度こそ修理工場を後にした。

すると、「〇〇〇も見たいねえ」と言ってきた。

「どこの」と聞くと「どこでもいいけど、あそこにあったんじゃない?」

と、さっき後にしたディーラー地帯を言う。

道の関係と知人の言い出すタイミングが遅かったせいで、ぐるっと自宅前を回りこんでディーラー地帯に回らなければならない状態だった。

時間はもう1、2時間もすれば日が暮れてくる時間だ。

こっちはもう寝不足な上に20時間以上寝ずに車を運転している。徒労感が募った。

このペースで終わりのないディーラー周りをさせられるのかと思ったら、つい一言が出てしまった。

「いいんだけどさあ、それならさっき聞いたときに言って欲しかったんだよね。正直、ガソリンももう少なくなってるし、スタンドの特売の土曜日までガソリンもたせなきゃいけないから、節約したいしさあ」

知人はゴメンといった表情で黙っていた。

「いいんだけどさあ」

ちょっとトーンを落としたものの言うべきではなかった一言を自分は言ってしまった。

「まあ、軽と言えば〇〇〇だけどね!」

と、「ゴメン、じゃあイイ」と言いそうな知人を制するように、努めて明るく言ってみたものの言い訳がましくなってしまったことは否めなかった。

逆に知人はそれを察してくれたようで、そのまま次の車の話をしだした。

悪いことをしたと思った。

知人にすれば思い入れと、自分のせいで廃車となってしまった愛車のことで精神的にぐちゃぐちゃになっていたことだろう。

それを見せまいと気丈におどけて振舞ってもいたのだろう。

決して精神的に強いほうではない。

自分の単純なつらさから思いやれずに酷いことを言ってしまったことを深く後悔した。

それはそんな木曜日だった。

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コメント

No title

電脳高架橋さんへ

こんにちは^^

愛着のある車を手放すのは
相当ショックだったと思います。
知人の方、怪我もせずよかったですよね。
愛車が知人の方に代わり、犠牲になってくれたように思いました。

寝不足なうえ、20時間以上も知人の方にお付き合いされていた
電脳高架橋さんは、それだけで十分優しくされていますよ。
一人だったら、立ち寄る順番も考え効率よく動けるところを
知人の方の都合に合わせて動かれているわけですから。
それに、運転時間、労力、ガソリンと、かなり知人の方の為に
使われています。
次回、また気持ちを入れ替えて
笑顔でディーラー回りを付き合ってあげると
喜ぶと思いますよ。
知人の方もその頃には、廃車することへの受容ができ
気持ちの整理も、少しはついていると思いますし^^
知人の方が気に入るような車、早く見つかるといいですね!




Re: No title

yukoさんへ

> こんにちは^^

こんにちは!

少し時間も経ち、知人も落ち着いたみたいですが、車が必要なのは通勤に使っているためで早急に決めなければいけないためだったんです。
だから、一週間後ぐらいにもう車は決まり、契約もしたらしいです。
ただ、職場では『何、買うの?』『決算期まで待って買ったほうがよかったのに』とか好んで買い替えをするかのように思われていて、ちょっとストレスになっているみたいです。

> 寝不足なうえ、20時間以上も知人の方にお付き合いされていた
> 電脳高架橋さんは、それだけで十分優しくされていますよ。

仕事が夜間なもので、ディーラーや工場の営業時間から仕事終わりで付き合っているので20時間と言うだけで、実際には付き合ったのは7時間か8時間ぐらいだったと思います。
本人は吹っ切れたような感じでいるようですが、吹っ切ろうとしているだけでまだ完全に吹っ切れているわけではないようです。
でも、それは他人にどうこうできることでもないし、どうこうするべきことでもないので、気晴らしに付き合うぐらいしかできませんけど。
とりあえず、次の車は決まって届くのを待つばかりのようです。
徐々に立ち直ってくると思いますのでご心配なく。
お気遣いいただきありがとうございます。

そして、いつもあたたかいコメントありがとうございます。
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