攻殻機動隊 新劇場版 感想

攻殻機動隊25周年記念にして久々の長編劇場版。
公安9課メンバーの終結を描いたARISEとメンバーが公安9課のメンバーとして活躍するこれまでの攻殻機動隊を繋ぐ事件を描いた作品。

感想
いつものように、いつものごとくわかりませんでした!
1回見ただけではこの脳みそでは理解できない。
見る人に噛み砕いて噛み砕いてやさしくわかりやすくは見せてくれない、それが攻殻機動隊。
それだけにわかればわかるほどにいろいろな事を発見し、理解できてくる。

一口に、攻殻機動隊と言っても原作のマンガである士郎正宗の攻殻機動隊と劇場版2作の押井守の攻殻機動隊、S.A.C.シリーズである神山健治の攻殻機動隊とそれぞれ色がある印象。
今回も攻殻機動隊ではあるものの他のどれとも違う攻殻機動隊であると思う。

映像として印象的だったのは、全体を通して美しい映像だったのはもちろんだけれど、これまで立体的なCGなどを強調したかのような優美な映像だったものが、調和を果たし、アニメの世界に溶け込んだ立体感で表されていて、その自然さに感動。

アクションとしては戦闘シーンでの攻殻機動隊ならではの電脳戦を交えたアクションがめまぐるしく展開されながらも、要所でテンポを落とさないスローが入って、私でもギリギリすっきりと展開を把握できた。
人とサイボーグ、ロボットの入り乱れた、近接・遠距離が交錯する戦闘シーンは見ごたえ十分だと思います。

ストーリーは攻殻機動隊全体に流れる、電脳化の先の人間のたどり着くところとその時直面する存在の問題。
それらをベースに相対するイデオロギーがさまざまな人間の思惑を巻き込んで事態を展開させていくといった話。
いろいろと考える事ができて面白い話でした。

映画の冒頭に描かれる全身義体の少女草薙素子は、自身の肉体を使う機会を奪われたためか義体を自由に動かし、自在に動き回っている。
ある場所で出会う少女は、立つ事さえおぼつかない自由とは程遠い体。
ARISEでは二つのゴーストを持つ体、ツダ・エマとブリンダ・ジュニア、一卵性双生児でひとつの義体を共有するツムギなどが登場する。
相互に必要とする者、互いがそれほど自分と隔絶した存在ではない者。
惹かれながらも相容れない二人、草薙素子になりたかった少女はそれ以外のあらゆるものになる事ができても...。
けれど、少女は違う自由を手に入れようとしていた。
そして、草薙を「かわいそう」という。
そうして二人は別れる。

ここが主題のような気がしました。

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