知人を参る

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遅ればせの墓参りに行ってまいりました。
その途中に初めて勤めた会社に同期で入社した友人の実家があり、初盆はさすがに遠慮しましたが今回は寄らせていただくことにしました。
その友人は重い病で一昨年に急逝、帰らぬ人となりました。
その葬儀の隅っこに参列させてもらいましたが、数多くの人たちが参列され、本当にその人を偲んでいました。
それほど、誰に対してもやさしく、明るく、分け隔てなく接し、自分の苦労など見せる人ではありませんでした。
事前に連絡し、訪れた彼女のご両親は、やはりあたたかく、優しい人となりを感じさせる方たちでした。
彼女は会社に残り、自分はその会社をやめ、連絡を取っていたわけではありませんでしたからその死を知り、驚きました。
今回は、その病気の発覚から闘病、そして亡くなるその日のことまで聞くことが出来て、とてもうれしかったです。
彼女がもういない事は残念で仕方がありませんが、それでも多くの人がその後も彼女の実家を訪れたり、盆に花を送ったりと彼女を忘れずにいる事を見ることが出来て、やはりそういう素敵な人だったことを感じました。
ただ、やはり子を亡くす親の痛みの前に自分は何も言えなくなってしまうほど、痛切でした。
それでも、自分はまた伺い、冥福を祈りたい気持ちでいっぱいになりました。

はっ、自分の先祖をちょっとないがしろにしている!?

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コメント

No title

電脳高架橋さんへ

電脳高架橋さんのご先祖様も
ご友人宅へ行かれたことを、
見守っていらっしゃったと思いますし
電脳高架橋さんが来られたことを、
ご友人も天国で喜んでいらっしゃったと
思います。

電脳高架橋さんも感じられてるように
ご両親、とても辛かったと思います。
そして心の優しいご友人であるからこそ
ご両親に心配をかけて悲しませていること、
ご両親を残して先に逝かなければならないことの
悔しさと悲しさ、ご自身の病の痛み以上に
心の痛みが大きかったのではないかと
とてもお辛かったんじゃないかと思いました。

Re: No title

yukoさんへ

ありがとうございます。
きっとご両親も友人も辛かった事でしょう。
ご両親は見ているのが辛くて、好きな事をしてすごしてはと勧めたそうですが、それでも本人は最後までつらい治療を続けたそうです。

コメントありがとうございます。
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