そんなことを本に書かれましても

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先日、書店で立ち読みした本に、いわゆる『日本語の正しい使い方』みたいな本があった。
内容はお察しの通り、敬語の使い方などが主。
序盤はテスト形式になっていて、一般的に普通に使われている間違った敬語や、言葉の用法などがある。
最近、わかりやすいもので言えば『ヤバイ』はよくないあるいは悪いことに対して使うものであるが、『すごい』などと同じようによい意味でも使われるようになったものなどが例といえるだろう。
自分の既に知っている事、知らなかった事など確認したり勉強したりしながら読んでいたのだが、途中でどうにも引っかかってしまうところがあった。
そこは言葉自体の用法の正誤ではなく、どちらかと言えばこちらの方が多くの人から好まれ、使い方としてベターであろうと言うものだった。
そこにはある表現に対して二つの例文があり、ベターである方には〇、好ましくない方には×がついている。
具体的には言葉をやたらとカタカナ語あるいは外来語としてそれほど定着していない言葉で表現するよりも、同じ意味の普通の日本語で表現する方がよりよいというもの。

『カスタマーサティスファクション』より『お客様満足度』

そのほかには世代によっては定着していないような略語ばかりの表現は好ましくない。

『シューカツがビミョー』は好ましくないなど。

ここまでは美しい言語を使いましょうという人であれば当然好ましくないだろうし、そういうこともあるだろうということで納得できた。
ところが、

『メン・イン・ブラック』は好ましくなく『誰が為に鐘は鳴る』は好ましいというのにはクエスチョンマークがついた。

著者曰く、最近は洋画の原題をそのままカタカナにした題が多いが、ちゃんと考えて日本語のタイトルをつけるべきだというような意見らしい。
この気持ちが分からないわけではない。
また、そういうタイトルにはその日本語タイトルを考えた人の創作力も加わって、より味わい深くなるということがあることもわかる。
けれど、この本を読んでいる人は洋画のタイトルをつけたりしない。
百歩譲って、洋画のタイトルはつけないにしても似たような状況に置かれたときにはこれを思い出して、そういう付け方をするのがよい日本語の使い方だよという思いがあったとしても、正直、ちょっとは対象となる人が増えたとしても、やはり限られた職種のわずかな人が増えるだけで、ほとんどの人は日常そういう状況には置かれない。
そう考えると、この本にこの部分は必要なかったのではないだろうか?
もちろん、この本を手にとった人の中に邦題をつけることがある人がいるかもしれないが、それにしたって正しい日本語の使い方よりも、よりお客さんをひきつけるようなタイトルをつけるだろう。
歌の歌詞に英語を始めとする外国語が入っていない曲も珍しい国で、日本語ばかりのタイトルだったら必ずではないにしろ野暮ったさを感じてしまうのではないだろうか。
古いタイトルがそんな詩的なタイトルが多かったのであればなおさらそういうタイトルは古めかしい印象になってしまうだろう。
そういうことを考えると、この部分は著者の郷愁に似た気持ちから出た部分だろう。
そうなると、自分としてはエッセイなどではないのだからそうしたものを盛り込むのにはちょっと違和感を感じる。

ただし、日本語を正しく使えるそして著者と同じであろうと推測されるような年配の方が、『そうだ、そうだ』とこの本を取る場合には共感をより深める効果があるかもしれない。
しかし、正直にそこをターゲットにしているとしたらこの形式は不毛だと思わざるを得ない。

結局は、いろいろ考えたこの部分を載せる意義も完全に否定できるものではないとはいえ、行き詰るように自分には思えた。
立ち読みの分際で意見するのはおこがましい限りだとは思いますけどね。

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